気がつくともう半年近くもこのブログを放置してしまっておりましたが、「トランポ裏話シリーズ」の続編を書くにあたって当時の写真や資料をずっと探していたのですが、なんせ40年以上前のことで当時はデジカメなんかもなかったし、とにかく写真が少ないのだけどいろいろ探しまくっていたら出てきたのが今から46年前に自分で書いたこの「絵日記」↓
トランポ裏話シリーズその1・初代デリカ編で書いたデリカ号横転→全損事件、その写真は一切撮っていなかったのだけど、恥ずかしいことに当時19歳の私、絵日記でその詳細を記録していたんですね~(^^;。
で、いろいろ探していたらこんな事もあった、あんな事もあったって感じで懐かしすぎるエピソードがたくさん甦ってきて、これはもうデリカ号やライトエース号で通い詰めた「早戸川」の様々な想い出を書かない手はない、ということになり、このブログで書くかそれとも別に「特設ページ」的なものを作ってまとめるかいろいろ思案しておりましたが、とりあえずデリカ号にまつわるエピソードの一つということで、ここで「早戸川帰りのデリカ号横転事件」について書いてみることにしました。
まずはこの写真をご覧ください。
早戸川名物の「悪魔の階段」をTL125で攻める19歳の私の貴重な写真ですが、右上に後ろの部分がちょこっと写っているのが、この数か月後に横転して冒頭の絵日記のような状態になり、全損扱い→廃車―――という運命を辿ることになるデリカ号です。
そして、悪魔の階段の下に写っている二人が当時の私のトライアル仲間(三人合わせて「東京の三バカトリオ」と呼ばれていた!?!?)であります。
あれは今からちょうど46年前の今日・1975年9月7日のことでした。
早戸川で開催されたMFJ公認トライアル大会のノービスクラスにデリカ号3台積みで出場した三バカトリオは私が4位、もう一人が13位という結果で大会を終え(すみません、もう一人の順位は忘れました)、デリカ号に3台のトライアルバイクを積み込んで帰路についた。
三バカの内の一人が「4位と13位なんて縁起が悪い結果だね」と呟いていたのを覚えているけど、4位というまずまずの結果で上機嫌の私は、早戸川からの帰り道、いつものようにデリカ号でコーナーを攻めていた。
その場所は右コーナーの直後に左コーナーが続く見通しの良いS字カーブ。最初の左コーナーをいい感じに突っ込んで行った時、デリカ号の前席に3人横並びで座っていた三バカの一人が「対向車ないよ!」と言うので、いつもよりアクセルを踏んで左コーナーに突っ込んで行った私とデリカ号だったのだが―――
いつもは滑ってアンダーステア状態になる極細ライトトラックタイヤがその時はしっかりとグリップしてしまい、デリカ号はゆっくりと内輪を浮かせてそのまま横転、冒頭の絵日記のような状態となってしまったのでありました。
グーグルマップで見ると、現場の左コーナーは90度以上回り込んでる「V字コーナー」でした。
幸いにも人的被害は私が右肩を地面でしこたま擦りむいただけで同乗者2名は無傷。道路上に横たわったデリカ号は後から走ってきたトライアル大会出場の仲間の皆さんがヨッコラショっと起こしてくれて、セルをしばらく回し続けたらエンジンも掛かってくれたので、フロントガラスが無くなったデリカ号で自走して無事帰還。翌日にトライアルで知り合った面倒見の良い自動屋さんの先輩に見てもらったら「ピラーが曲がっちゃってるから直せないよ、全損だね」とのことで絶望の淵にたたき落とされた私でしたが、ラッキーなことに車両保険に入っていたお陰で、出費ゼロで2代目トランポ・ライトエース号にバトンタッチすることができたのでありました。めでたし、メデタシ―――。
こんな感じで、早戸川にまつわるエピソードはまだまだたくさんあるのですが、今後このブログかあるいはほかの場所で少しずつ披露したいと思っております。