このブログの元になっている
「歴代トランスポーター」の本編ですが、それを書いたのは私がトライアルワークス小坂のホームページを立ち上げた2002年、それからもう18年も年月が流れ、当時と今とでは世の中のいろいろなものが大きく様変わりしてしまいました。
その「歴代トランスポーター」の内容はというと、ウェブ制作初心者の私が短い文章に集約して書いているので、その裏にはもっともっと沢山のエピソードが埋もれてしまっているのです。
そこで、文章の長さに制約のないこのブログで、その「裏話」の数々を掘り下げてみることにしました。
その第1回目は「1975年 初代トランポ 三菱デリカバン」にまつわる裏話をお送りします。
↑これがそのページで使われている初代デリカ号の画像なのですが、まずこのデザインだけでで笑いが取れますよね!? ウーパールーパーかよ、みたいな(笑)。バックミラーもバイクか自転車のみたいだし‥‥‥。 でも、何故「-DANGER-三菱製」という文字が入っているのか、そのワケを説明する必要がありそうですね。
そう、これを書いた当時、三菱ふそうの大型トラックの車輪がまるごと外れて歩行者を直撃する死傷事故が起き、メーカー側の隠蔽体質も明るみに出て、大きな社会問題になっていたという時代背景があったのです。
で、私もこのデリカを買ってから半年で横転→全損という結末(笑)を迎えてしまったので、「三菱製=危険」とウケを狙って書いたというワケでありました(まぁ私の場合はいわゆる「ハンドル操作をあやまった」のが原因なんだけどね、ゴメンナサイ‥‥‥ってその「あやまった」じゃなぁ~~~い!!)。
‥‥‥失礼いたしました。でも今となってはこの「DANGER」の文字はかなり意味不明ですよね!?!?
そうなんです。WEB上に載せる文章はその時の時代背景を取り入れると、あとで読んだ時に「???(・・?」となってしまうことが往々にしてあるのです。
さて、この初代デリカ号、私が免許を取って最初に乗ったクルマなんですが、当時のトライアル界では軽トラック(サンバーとか)をトランポにしている人が多く、いきなりワンボックスのデリカなんてずいぶん贅沢な感じがしたものですが、これはかわいい息子のために、私の父親がなけなしのおカネをはたいて中古車を探して買ってくれたんですねぇ。とうちゃん、ありがとうm(__)m。
でも、45年も前のクルマですから、今のクルマと比べると雲泥の差っていうか月とスッポンっていうか、あまりにも造りが違いすぎるんですよね。
例えば、この運転席の画像を見てください↓
なっ、なんじゃこりゃぁぁ~~~( ゚Д゚) って感じでしょ???
前面はボディーの鉄板1枚だけで内張りも補強もなし。これで正面衝突なんかしようものなら‥‥‥恐ろしいですね~~~(;´Д`)。しかもウーパールーパーの眼球(笑)が内側にこんなに飛び出てるし、スッカスカで隙間だらけなもんだから寒い日はすきま風ぴゅーぴゅー。
それよりも何よりもインパクトがあるのが、この床からニュッと飛び出したブレーキとクラッチのペダル。「バスかよ!?!?」って感じだけど、アクセルペダルの存在感もハンパない。まさにオルガンタイプ。
でも、これを見て思ったんだけど、このペダル配置なら最近問題になっている「ブレーキとアクセルの踏み間違い」なんて絶対起こらなそうだよね。
このペダル配置で思い出したんだけど、中学生のころ大の四輪レースマニアだったカーキチな私としては、免許を取って初めて乗ったこの初代デリカ号でもとーぜん「ヒール&トー」のテクニックを使おうとしたのだけど、このペダル配置ではつま先でブレーキペダルを踏みながらかかとでアクセルペダルを煽ろうとすると、足首が逆を向くくらい無理な体勢になってしまうので、通常と逆の「トー&ヒール」、つまりかかとでブレーキを踏みながらつま先でアクセルを煽る独自の足使いで「ブォン!ブォォン!」とコーナーを攻めまくっていたのでありました(その挙句コーナーで横転→全損、というオチが待っていたワケだけどね(笑))。
ところで「ヒール&トー」って、今の若い人、知っているんだろうか???
このブログで以前取り上げた
「レーサー=風戸裕」のLPでは、風戸がポルシェ908でFISCOを攻める走行音の中で、もうこれでもか、ってくらいヒール&トーの音が収録されてるんだけど(特に30度バンク~須走り落としで最高速になった後のS字入口のブレーキングでのヒール&トーの音はシビレる)、今聴くとずいぶんのんびりとした感じだなぁ‥‥‥と思ってしまう。
今のレースカーはパドルシフトに左足ブレーキと、使うテクニックがぜんぜん違ってきているからね。
その初代デリカ号で私が駆使した「トー&ヒール」だけど、右足はかかとでブレーキを踏みながらつま先でアクセルを煽るのはすごく自然な動きでやりやすかったんだけど、左足の方はこのストロークの大きいペダルでダブルクラッチを踏むのが、動きが大きすぎてちょっと大変だった。
そうそう、クラッチと言えばこの初代デリカ号、今では考えられないようなトラブルが起こったことがあったでした。
ある日、早戸川へトライアルの練習に行くため、初代デリカ号にTL125を積み込んで家を出た私。駐車場を出て左折し1速から2速にシフトするため、あのストロークの大きいクラッチペダルを踏み込んだところ途中でブチッという感じで急にペダルに抵抗がなくなってしまったのである。
デリカ号のクラッチに何が起きたかだいたい想像がついた私は、1速のままデリカ号をゆっくり止めないように走らせ、左折を繰り返して今出たばかりの駐車場に戻り、そのまま強くブレーキを踏み続けエンストさせてデリカ号を止めた。
そして運転席から降りて床下を覗いてみると‥‥‥ やはり私が想像した通りの事態になっていた。
そう、クラッチワイヤーが、その先端のペダルに引っ掛ける金具の部分で破断してしまっていたのだ。
今のクルマの感覚でいくと「え!?ワイヤーでクラッチを操作してんの???―――バイクかよ!?!?」って感じですよね(さすがにブレーキは油圧だったけどね)。
で、この後私はどうしたかと言うと、デリカ号からTL125を降ろして保安部品とナンバープレートを取り付け(ワンタッチで脱着できるようにしていた)、10kmほど離れた国道沿いにあった三菱自動車のディーラーまでそれで走って行って「すみませーん!デリカのクラッチワイヤーくださぁい!!」って感じで、在庫があったクラッチワイヤーを買ってまたTL125に乗ってデリカ号の元へと戻り、ササッとそれを自分で交換して直してしまったのでありました。
ね、今じゃ考えられないようなエピソードでしょ!?
―――そんな感じでいろいろあった初代デリカ号でしたが、別れは突然やって来たのでした。
もう何度となく書いてきたとおり、早戸川の帰り道のS字コーナーで「ブォン!ブォォン!」とカッコよくトー&ヒールを決めてコーナーに突っ込んだ初代デリカ号は、そのままフワ~っと内輪を持ち上げ「ガッシャ―――ン!ガガガガ―――!!」と横転(;´Д`)。
バイク3台積みに3人乗車でいつもより重たく、いつもは滑るグリップ最悪のライトトラックバイアスタイヤがこの時ばかりはしっかりと路面に喰い付いてしまったことも原因の一つだけど、同乗者にケガはなく、私も肩を擦りむいただけで大事に至らなかったのは不幸中の幸いでした。
↑どうよこのトレッドの狭さ!!まぁ横転しやすいクルマだったことは確かだね、デリカ号。
で、横倒しになってしまった私のデリカ号は、後続のクルマの人たちの手を借りてヨッコイショと起こし、フロントガラスが砕け散ってしまった無残な姿を晒しながら自走して帰ったのでありました。
そして翌日、知り合いのクルマ屋さんに見てもらったら「あ~、こりゃピラー曲がっちゃってるから直せないよ!全損だから廃車だな!?!?」ですと(:_;)。
買って半年で愛車を屑鉄にしてしまい落ち込む私を見てそのクルマ屋さんはこう言ってくれたのでした。
「安くて程度の良い中古のバン探してやるからちょっと待っててな(^_-)-☆」
―――というわけで、2代目トランポ・ライトエース編へと話は続くのであります。
最後にもう1枚デリカ号の画像↓
ホントこの顔、いい味出してるよなぁ~~~(^◇^)