1969年、中学生だった私はフェアレディZのTVCMを見て"Z"の虜になってしまうわけだが、それ以前からクルマにはとても興味があり、通学中とかにスポーツカーとかが走っていようものなら、それこそどこまでも追いかけて行ってしまいそうなガキだった。
そんな頃当時の自宅(足立区)の近所に、いつも夜になると路駐している「ハコスカGT-R(初期型)」があったんですねぇ。
そうそう、これこれ。
普通の2000GTとGT-Rを見分けるポイントは、特徴的な「サーフィンライン」が、GT-Rはこのように後輪部分で切れていること。
ところが当時、GT-Rを買えないハコスカ2000GTオーナーが「板金作業」でサーフィンラインを切って「GT-R」のエンブレムを貼り付けた「なんちゃってGT-R」も出没するようになっていったのだが、このホンモノのオーバーフェンダーの曲面を板金作業で再現するのは至難の業だったようで、私が見れば「ホンモノ」か「ニセモノ」か一発で見破れる状況であった。
だが、近所にいつも停まっているGT-Rは紛れもないホンモノ、しかもけっこうレース仕様に改造されていてめちゃくちゃカッコよく、夜になるとよく私は自転車に乗ってこのGT-Rを眺めに行っていたものである。
そして今でもよく覚えているのは、このGT-Rの履いていたタイヤが、当時レース場でかなりの装着率を誇っていたレーシングタイヤ、通称「マークⅢ」だったという事。
↑これがそのマークⅢ。正式名は「DUNLOP R7 MARKⅢ」だったんだね。唐草模様、あるいは脳ミソのような(?)トレッドパターンが印象的なタイヤだった。
そんなある夜のこと、いつものようにチャリに乗ってそのGT-Rの場所へ行くと、ちょうど持ち主がエンジンをかけているところだったので、私は少し離れた場所からその様子をじっと眺めていた。
そして、その独特のエンジン音を聴きながら「これがあのR380と同じDOHC直列6気筒・SOLEX3連キャブ・タコ足エキゾースト標準装着の『S20型エンジン』の音かぁ‥‥‥」と心に刻むと同時に、同じS20型エンジンを搭載した「フェアレディZ432」に対する憧れの気持ちがさらに強くなるのを感じていた‥‥‥(←中学生のガキンチョがな~に能書き垂れてんだよ、って感じだよね)。
このGT-Rのように、当時はけっこう珍しいクルマがあちこちに路駐されていたものだが、ちょっと離れた場所にはこんな「スーパーカー」もよく路駐されていた↓
そう、「ロータスヨーロッパ」である。
このクルマを初めて見た時のあの衝撃は忘れられない。
「ひくっ!そして、ちっちゃ!!」――― 思わずそう叫んでしまうほど低くてコンパクトなスタイリング。横に立つと私の足よりも低いんじゃないかと思うようなルーフの位置の低さ、そしてその後ろに延びるバスタブのようなエンジンフード‥‥‥ まさに「座布団にタイヤを付けたようなクルマ」、それがロータスヨーロッパの第一印象だった。
こんな風に、当時はけっこう珍しいクルマがあちこちに路駐されていて、それを探検しに行くのも、当時の私の楽しみの一つになっていったのでありました―――。
(つづく)